歴史

挑戦と飛躍の年譜
1938〜1973 1975〜2003 2004〜
創業から中興まで
新弘社の歴史は初代社長・大川篤三が昭和13年に主婦の友社を退社して、
広告代理店「新弘社」を創設したことから始まります。
婦人雑誌を主に扱ったため、「食」と「衣」に関わるお客様を多く擁しました。第2次世界大戦後、
株式会社組織へと変革し、民間放送の歴史と共に総合広告代理店へと発展していきました。

昭 和 13年 (1938) 雑誌媒体の扱いを中心業務として新弘社が創業される
  23年 (1948) 株式会社組織に移行する。初代代表取締役に大川篤三就任。資本金200,000円
  28年 (1953) テレビの民間放送開始とともに、雑誌媒体から電波媒体へも取組み、積極的に業務を拡充する
  30年 (1955) 京都地区の業務拡充のため京都出張所を開設
  33年 (1958) 大阪・神戸・岡山地区の業務拡大に伴い大阪支社を開設
  35年 (1960) 関西地区の業務拡充のため大阪支社に京都出張所を吸収、組織の充実をはかる
  38年 (1963) 名古屋、一宮、蒲郡、岡崎地区の業務拡大に伴い新たに名古屋支社を開設
  48年 (1973) 総合広告会社としての新たな飛躍を図るため、制作・SP部門を強化

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発展から飛躍の時代(序章)
昭和49年のオイルショックを乗り越え、組織の拡充・機能強化・新たな経営理念制定を目的とする
「第1次5ヵ年経営計画」を発表する。その後「第4次5ヵ年計画」に至るまで、
マーケティング、クリエイティブ面の技術向上を図り、お客様と共に発展してまいりました。

昭 和 50年 (1975) 代表取締役に加藤寛二就任、「第1次5ヵ年経営計画」開始、
総合広告代理店としての機能強化をはかる
経営理念を新たに制定し、現在の弊社の基本精神が導入される
  55年 (1980) 「第2次5ヵ年経営計画」開始、クリエイティブ部門の組織拡充をはかる
  58年 (1983) マーケティング戦略確立のため、営業企画室を設置
  60年 (1985) 「第3次5ヵ年計画」開始、お取引先様のマーケティング戦略に基づいた
広告戦略を展開するための機能強化をはかり、組織を拡充する
平 成 元年 (1989) 関連会社(株) シンクリを設立、広告・販促戦略企画、制作管理業務を強化拡充
  2年 (1990) 「第4次5ヵ年計画」開始、お客様にとって価値の高い広告会社になるための組織と体制の強化拡充をはかる
  3年 (1991) マーケティング戦略の拡充に伴い、メディア開発部、営業推進室を新設
  7年 (1995) 初代会長に加藤 寛二就任、代表取締役に金子 登貴雄就任
  8年 (1996) 新規事業としてダイレクトマーケティング管理事務局開設。OA化拡充をはかる
  12年 (2000) インターネット広告事業に進出
  13年 (2001) 代表取締役に中尾 徹就任

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革新の時代
平 成 16年 (2004)

会長に加藤 雅人就任
組織をグループ制に改める。社員ひとりひとりが、個性と能力を十分に発揮し、経営理念でもある「能動的な人間集団」となることによって、より高度なレベルでお客様の満足を得るという新しい挑戦がはじまる

  18年 (2006) 新業務基幹システムの導入
  20年 (2008) 創業70周年を迎える
  21年 (2009) 代表取締役に大谷 満彦就任

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